岩手を代表する温泉地、花巻温泉郷。
雪深い山道を登っていくと、台川沿いに4階建の和風建築が現れた。
歴史を感じさせる重厚感のある玄関には、旅館の名前を示す灯籠が吊るされている……。
今回ご紹介するのは、岩手県花巻市にある中嶋旅館。
昭和初期にタイムスリップしたようなノスタルジックな気分を味わえる、とっておきの宿である。
Contents
知るひとぞ知る、中嶋旅館
賑やかな温泉街を抜けると、ひしめき合うようにして立っていた旅館がじょじょにまばらになる。
「この先に温泉なんてあるのかな」と寂しく感じ出すころに現れるのが中嶋旅館である。
正直、目立つ旅館というわけではない。ただ、一度泊まってみるとその魅力が十分にわかる。
中嶋旅館は、そんな通向けの宿なのだ。
中嶋旅館宿泊レポート
温泉はやっぱり冬が良い。
冷たい空気、しんしんと降る雪に体の芯まで冷えたところで、湯気の立ち上る温泉に肩まで浸かる瞬間。なんともいえない幸福感に包まれる。
中嶋旅館を訪れたのも、そんな雪の降る季節だった。
千と千尋の世界観を思わせる外観
見て、この溢れ出るノスタルジー感。
文豪とかが泊まってそう
昭和18年創業の中島旅館。築100年近くということだが、不思議なことに変な古くささは感じられない。
この中嶋旅館の最大の特徴は、釘を一本も使わない技法で建築物を作り上げる「宮大工」と呼ばれる人たちによって作られたということ。
ちなみに花巻温泉郷には、同じく宮造りで有名な優香苑という温泉旅館がある。こちらは建物自体がかなり大きい。
優香苑はバブル期に建てられた旅館ということもあり、豪奢で巧みな細工が建物の至るところに惜しげも無くあしわられている。
対して、こちらの中嶋旅館はなんというか質実剛健な感じがたまらない。
豊富な資金をもとに贅を尽くして作られたのが優香苑なら、中嶋旅館は腕っ節に自信のある頑固職人が磨き上げた伝統芸能品という感じ。
もちろんそれぞれに良さがあるのだけど、こちらの中嶋旅館の渋さはコアなファンを呼び寄せそう。
手入れ&清掃の行き届いた綺麗な館内
入館すると、笑顔の素敵なスタッフさんが部屋まで案内してくれる。
玄関先では石油ストーブが焚かれていて、入った瞬間にじんわりとあたたかい。
タイムスリップしたみたい
建物としての古さは感じられるが、手入れや清掃がしっかり行き届いているのでとても気持ちが良い。
のれんの先にあるのが今回宿泊したお部屋です
暖かく快適なお部屋で過ごす夜
宿泊したのは二間続きの一般客室。
障子の細工がかわいい〜!
奥に見えるストーブはさすがの雪国仕様。秒速で部屋が温まる。
障子とガラス窓の二段構え。その隙間にはちょっとしたスペースが。
みかんやビールを置いて冷やしておくのにちょうど良い。
「この部屋、御簾あるんだけど」
同行者が言った。「御簾がある」と。
「いや御簾てw」と振り返った先には…
御簾だな
二間を仕切っているのがこの御簾である。
テンションが上がる。人生で枕元に御簾を下ろして寝られる日が来ようとは。
日常的に目にしないものに対して気分が高まるのはいつの時代も一緒だろう。
100年前の宿泊者たちもこの御簾を見て盛り上がったりしてたんだろうか。
職人の技を堪能できる特別室
ちなみに中嶋旅館の3階・4階には特別室がある。
どちらも一般客室とはしつらえが違う。人気のお部屋のようだ。
写真で見ても立派な内装で、職人たちの本気がうかがえる。
画像出典元:http://www.nakashima-ryokan.com/room.html
私が訪れた時期は年末年始の繁忙期で、さすがに予約が埋まっていた。
また再訪する際にはぜひ泊まりたい。
食事は個室で。しみじみおいしい和食をいただく
夕食と朝食は個室で用意してもらった。
バーカウンターがあってテレビがあって…という不思議な空間だったが、家にいるような雰囲気でくつろげた。
夕食。カレイの唐揚げがおいしい
朝食。寝起きの胃にちょうど良い量
中嶋旅館の食事は、贅を尽くす! といった感じではない。しかし、しみじみとおいしい。
そしてどれも作りたてで、味付けも量もちょうどよい。ほっと癒される食事だった。
後から紹介するが、この宿泊料金でこれほどの食事が食べられると思えばかなりお得だと思う。
温泉は岩風呂と大理石風呂の2種類
中嶋旅館の大浴場は岩風呂と大理石風呂の2種類がある。
【岩風呂】画像出典元:http://www.nakashima-ryokan.com/spa.html
【大理石風呂】画像出典元:http://www.nakashima-ryokan.com/spa.html
特におすすめしたいのが、岩盤をくりぬいてつくられたという天然の岩風呂。むきだしの岩肌が、今ほど掘削技術が発達していなかったであろう昔を感じさせる。
天井から不規則に垂れる水滴と、岩肌を流れながらもうもうと湯気を立てる源泉。忙しない日常を忘れ、身も心も解放される瞬間である。
客室数がそこまで多くないせいか、食事の時間とかぶっていたためか、どちらの風呂も貸切状態で入ることができた。
ただこの温泉、なかなかに温度が高めである。というかシンプルに熱い。
熱めのお風呂が好きな私でも、源泉のままでは足だけでギブアップだった。
壁の向こうの男湯から、誰ともわからぬ「あっちい!」という叫び声が聞こえてくる。
ここで温泉に入る際は、専用の水道から水を出し、ちょうど良い温度になるまで調節する必要がある。
他にも入浴客がいる場合は、声をかけつつお湯をうすめよう。
コスパ最高!とかいう軽い触れ込みはしたくないけど事実
中島旅館の宿泊料金は一泊二食付きで一人10,000円弱だった。この価格は周辺相場から見ても安い。
ちなみに、先にご紹介した特別室は一泊二食付き17,000円〜。一般的な温泉旅館と比べれば、決して高くはない価格だ。
「コスパ最高!」という表現は、どうしても質より安さの方に目がいってしまうのであまり好きではない。
しかし、この価格でこの満足感が得られる旅館は本当になかなかないと思うのであえてこう表現したい。中嶋旅館、コスパ最高。
日常を忘れ、ひとときのタイムスリップ
真新しさや贅沢さを売りにした旅館はこれから先いくらでも作られる。
その点、中嶋旅館のような宿はどうだろう。
歴史や伝統に裏付けされた独特の風情は、作ろうと思って作れるものではない。
古くからその地に佇み続けている老舗の旅館には、そこでしか感じられない特別な良さがあった。
ノスタルジックな雰囲気に浸りたい。
古き良き温泉宿に泊まってみたい。
文豪気分で部屋にこもって雪景色を眺めたい。
情報過多な現代に疲れている。
そんなあなたは、ぜひ中嶋旅館に足を運んでみてほしい。流行や映えに流されることなく宿泊者を癒し続ける、真面目な温泉宿がそこにある。